人生は、自分で創り出してる。だから、変えることができる。
誰かが言ってた言葉です。最初に聞いたとき、僕はすんなり受け取れました。もちろん、いろんな考え方があると思います。環境で決まる部分もあるよね、という見方もある。
でも僕は、自分の手で変えられる部分のほうに、目を向けていたい。そう思うんです。
昔の僕は、わりと受け身で生きてました。「もっと楽しい人生にしたいな」「人生を変えてくれる人に出会えたらな」とは思ってた。でも、自分から動くという発想が、あんまりなかったんです。
今振り返ると、目の前にはいくつもチャンスが転がってました。ただ、それを「運」だと気づけてなかっただけ。この記事は、昔の僕みたいに受け身で生きてる人に向けて書きます。読み終わるころには、「あれ、運って意外と自分にもあったかも」と思えるはずです。
一度は忘れた。半年後、また運の話に出合った
運について考えるようになったきっかけは、脳科学者の中野信子さんの本でした。「自分は運がいいと思え」と書いてあって、なるほどと思って、ちょっとだけ実践してみたんです。
でも、続かなかった。
いつのまにか忘れて、元の自分に戻ってました。よくある話ですよね。本を読んだ直後はやる気になるけど、習慣にならずに消えていく。僕もそうでした。
それから半年以上たったころ。たまたま、西田文郎さんという方の動画を見たんです。話に引き込まれて、気づいたら『強運の法則』という本まで買って、読んでいました。
そこで、改めて腑に落ちたんです。中野さんの本で一度は触れていた「自分は運がいいと思う」という考えが、今度こそ自分の中に入ってきました。
一度忘れたものに、半年後にもう一度出合って、やっと腑に落ちる。今思えば、これ自体が「動いた先で拾った」一つだったのかもしれません。動画を見て終わりにせず、本を買いに動いた。だから、腑に落ちる瞬間に出合えたんです。
運は「気づくかどうか」だった
中野信子さんは、運のよさは生まれつきじゃないと書いていました。日々の考え方を脳に習慣づければ、運がいい人に変われる、と。
これを読んで、ハッとしました。運って、降ってくるものじゃない。すでに目の前にあるのに、気づいてないだけなんじゃないか、って。
試しに、自分の過去を振り返ってみました。すると、意外と「運がよかった」と言える出来事が、いくつもあったんです。たまたま入った場所で、いい人と出会えた。なんとなく見た動画から、考え方を変える本にたどり着いた。困ってたときに、誰かが助けてくれた。
受け身だった昔の僕は、それを「チャンス」だなんて思ってませんでした。ただの日常として、流してた。でも今振り返ると、あれは全部、運がよかったんです。
運がなかったんじゃない。運に気づく目を、僕が持ってなかっただけでした。
この「すでにあるものに気づく」という感覚は、以前ブログに書いた当たり前の奥にある本質を見る話とも、どこかでつながっています。
「運がいい」を、考え方のクセにする
中野さんの考え方は、僕にはいちばん近かったです。要は、「自分は運がいい」と毎日思っていれば、それが考え方のクセになる。クセになれば、日常の小さな幸運に自然と気づける。気づければ、「やっぱり自分は運がいい」とまた思える。この繰り返しで、どんどん運がいい人になっていくんです。
逆に、何も意識しないまま受け身でいると、目の前に転がってる幸運をスルーしてしまう。同じ出来事でも、受け取り方ひとつで、運がいい人にも、そうでない人にもなる。
だから僕は、意識して「自分は運がいい」と考えるようにしています。最初はぎこちなくても、続けるうちにクセになる。今では、ちょっとしたことでも「あ、運がいいな」と思えるようになってきました。
ひとつだけ、僕が本と違う結論を出したこと
西田さんの本では、「運」と「ツキ」を分けて考えていました。僕の受け取り方では、日常的に起こる小さなラッキーが「ツキ」で、本物の「運」は困難を乗り越えた先にある、という考え方です。
なるほど、と思いました。でも、ここだけは、僕は自分なりに違う結論を出したんです。
僕にとっては、日常の小さなことで「運がいい」と思えること、それ自体がいちばん大事なんです。
大きな困難を乗り越えた先にしか運がないとしたら、運を感じられるのは人生で数えるほどしかない。それより、毎日の中で「今日も運がよかったな」と思えるほうが、僕は楽しく生きられます。
本に書いてあることを、そのまま正解として受け取らなくていい。読んで、自分の頭で考えて、自分に合う結論を出す。それでいいんです。
運は、待ってても来ないことが多い
もうひとつ、自分の体験から確信してることがあります。運は、じっと待ってても来ないことが多い。だいたいは、動いた先に転がってる。
振り返ると、僕が「運がよかった」と思える出来事は、ほとんど、何かしら動いたあとに起きてました。家でじっとしてた日には、何も起きてない。動かなければ、出会いも、学びも、拾いようがないんです。
あの動画だって、見て終わりにすることもできた。でも本を買いに動いたから、考え方が変わった。受け身のまま家で寝てたら、今もきっと、目の前のチャンスに気づけないままでした。
この「自分から動く」感覚は、僕がブログを続けられた理由ともつながっています。よかったら「好き×能動」が武器になる話も読んでみてください。
もちろん、本当にたまたま、向こうからやってくる運もあります。でも僕の実感では、動いた先のほうが、圧倒的に多くを拾えました。
だから、運は掴むものじゃないと思ってます。運は、掴むものじゃない。動いた先で、拾うもの。
まとめ:運は、誰の足元にも転がってる
長くなったので、まとめます。
- 運は生まれつきじゃない。考え方のクセひとつで、誰でも運がいい人になれる
- 運がなかったんじゃなく、気づいてなかっただけ。受け身だと、目の前のチャンスを見逃す
- 運は待っても来ないことが多い。だいたいは、動いた先に転がってる
受け身で生きてる人ほど、本当はたくさんのチャンスをスルーしてるのかもしれません。まずは今日、ひとつでいいから「あ、これ運がよかったかも」を探してみてください。
それに気づけたら、あなたはもう、運がいい人の入り口に立っています。
この記事は、僕が離職中にやっていた「脳の改革」シリーズの一つです。始まりの話はこちらの記事に書いています。
あなたの一日に、どんな「運」が転がっていましたか?


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