4年間モヤモヤしてた27歳が気づいた、「自分の頭の限界」と頼り方の正体

霧に覆われた山の上に晴れ渡る青空と遠くに見える山々 生き方・価値観

「自分の頭で考える」って、無限にできることじゃないんですよね。

当たり前のことかもしれないけど、僕は27年生きてきて、つい最近まで気づいてませんでした。

会社員時代の4年間、ずっとモヤモヤしてました。「このままでいいのか」「やりたいことって何だ」「会社員に向いてないのかも」って。

その4年間、僕は色んな手段で答えを探してました。

でも、4年経っても答えは出ませんでした。今になって分かるんですけど、頼り方が間違ってたんですよね。

今日はその話を書きます。

「自分の頭の限界」に、僕は4年間気づけなかった

そもそもの話なんですけど。

自分の頭で考えられることって、今の自分のステータス、つまり持ってる知識とか経験で限界が決まってます。それを超えるには、外から情報を取りに行くしかない。

これ、書いてみると当たり前なんですけど、僕はこれを「行動」としてやれてなかった時期が長かったんですよ。

会社員時代、デスクで一人で考え込んでた時間がたぶん何百時間もあります。「なんでモヤモヤするんだろう」「俺は何がしたいんだろう」って。

でも、自分の頭の中だけでぐるぐるしてても、新しい答えは出てこないんですよね。当然です。中身が増えてないんだから。

4年間、色んな手段で答えを探した

もちろん、ずっと一人で考え込んでたわけじゃなくて、外にも情報を取りに行ってました。

プライベートで、ちょっと年上の人とか、別業界で働いてる人に話を聞きに行く。会社の上長との面談でも、転職を考えてることを話したことがあります。完全な相談じゃなくても、雑談の延長で「今の仕事ってどうですか?」とか「なんでその仕事選んだんですか?」って聞いて、その人の働き方とか考え方を引き出す感じ。

本も読みました。自己啓発系も、キャリア系も、色んなジャンル。

後半の2年は、ChatGPTにもよく聞いてました。仕事の悩み、転職するかどうか、自分の強みって何か。壁打ち相手としてはなかなかでした。

つまり、人にも本にもAIにも、頼ってはいた。色んな手段を試してたんです。

でも、4年経っても答えは出ませんでした。

当時の僕は「自分に合う答えをくれる存在に、まだ出会えてないだけ」だと思ってました。

違いました。

頼り方が間違ってた、ってことに気づいた

今、ブログを32本書いてきて、転職活動も終えて、ようやく見えてきたことがあります。

当時の僕は、外に「答え」を求めてたんですよ。

例えば、2年くらい前のこと。会社の上長との面談で、転職を考えてることを話したら、こう言われました。

「今の会社は将来的にも安定するから、残った方がいいんじゃない?」

当時の僕は、これを「そうですよね…」って受け止めてしまった。何も決まってない時期で、自分の中に判断軸がなかったから。

でも、今振り返ると当然なんですよ。上長は会社側の人で、部下に残ってほしいに決まってる。立場上、そう言うのが普通の発言。

その「立場上の発言」を、当時の僕は人生のアドバイスとして真に受けてた。

つまり、誰が・どんな立場で・なぜそう言ってるかを考えずに、ただ「答え」だけを欲しがってたんです。

「君はこうしたほうがいい」「この職種が向いてる」「こう考えればいい」っていう、外から差し込まれる正解を待ってた。

でも、自分の人生の答えなんて、他人は持ってないんですよね。本にも書いてないし、AIだって持ってない。

だからどの言葉も、僕の中にハマらなかった。「いい話だな」と思っても、自分の行動には変わらなかった。

4年間って、けっこう長いです。その時間をずっと「正解探し」に使ってたのは、今振り返るとかなりもったいなかったなと思います。

ちなみに、ChatGPTを2年使ってもブログが書けなかった話は、別の記事に詳しく書いたので、よかったらそちらも。

ブログを書き始めて、「頼り方」が変わった

転機は、ブログを始めてからです。

記事を書こうとすると、自分の頭だけだと内容が広がらない瞬間がよくあります。「これ、もっと深掘りしたいけど、自分の中に材料がない」みたいな感じで。

そういう時、僕は自分で外に材料を取りに行きます。ネットで調べたり、人に話を聞いたり。

集めた材料と自分の中で出した案を、Claude(AI)に投げかけて壁打ちする。

「この案どう思う?」「ここの論点抜けてない?」「読者が引っかかりそうな箇所は?」って投げる。返ってきた反応を見ながら、最終的に何を書くかは自分で決めます。

Claudeは答えをくれる存在じゃなくて、自分の案を検証してくれる相棒なんですよね。

4年前の僕と、今の僕で、何が違うのか。

当時:「答えをくれ」と思って外に頼ってた
今:「材料を自分で集めて、案を検証してもらう」に頼り方を変えた

これだけです。たったこれだけのことなんですけど、4年間気づけなかった。

頼り方が変わったら、4年間のモヤモヤの正体も見えた

頼り方を変えてから、もう一つ気づいたことがあります。

会社員時代の4年間、僕がモヤモヤしてた本当の理由です。

「答え」を外に求めてる間は、自分の中に何が残ってるかが見えないんですよね。誰かの言葉を当てはめようとするから、自分が本当はどう感じてるかが分からなくなる。

例えば、上長から「会社に残った方がいい」と言われて、それを真に受けたあとに残るのは「上長の言葉」だけ。自分が本当はどうしたいかは、その時の自分には見えてなかった。

自分で材料を集めて、自分で案を組み立てるようになってから、自分の頭の中で「これは違う」「これは合いそう」って判断できるようになりました。誰がどんな立場でその言葉を言ってるかも、ようやく考えられるようになった。

つまり、自分の頭の限界に気づくことと、自分の頭で決められるようになることは、セットだったんです。

限界を認めない人は、たぶん永遠に答え探しを続ける。
限界を認めた人だけが、自分で材料を取りに行って、自分で決め始められる。

4年かかって学んだことを一行でまとめるなら、こうです。

外から取りに行くのは正解じゃなく、自分が考えるための材料。そして組み立てて決めるのは、自分。

これが今の僕の頼り方です。

自分で決めるから、楽しい

結局のところ、最後に決めるのは自分なんですよ。

誰かに「君はこれをやるべき」って言われて動いた人生は、自分の人生にならない気がします。たとえ結果が良くても、なんかしっくりこない。

逆に、外から材料を集めまくった上で、自分で組み立てて、自分で決めた選択は、結果がどうあれ納得できる。

会社員4年でモヤモヤしてた僕は、人にもAIにも本にも「答え」を求めすぎて、自分で決める筋肉を使ってませんでした。

今は違います。自分で材料を集めて、人に話を聞いて視点を広げて、Claudeに案を投げかけて壁打ちして、最後に組み立てて決めるのは自分。

自分で決めた選択って、どんな結果でも「楽しかった」に変えられるんですよね。

これができるようになってから、僕の毎日は明らかに変わりました。

人生は楽しく生きたもん勝ち、それが自由!!

4年かかって、ようやくそのスタートラインに立てた気がしてます。

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