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「ラオスってどこにあるか、わかりますか?」
正直に言うと、僕も2026年2月、初めて海外に行くまでは曖昧でした。なんとなく東南アジア。タイの隣だっけ?くらいの認識。
そんな僕が、初めてのパスポートで降り立ったのが、ラオスの首都ビエンチャンでした。1人で行って、現地でJICA派遣の友達と合流する、4泊5日の旅。
この記事は、海外に行きたいけど一歩が踏み出せない人へ、僕が実際に踏み出した話を書きます。
「いつか行きたい」が、ずっと「いつか」のままだった
突然ですが、日本人のパスポート保有率って、どれくらいか知ってますか?
約17%です。
外務省の2024年統計によると、日本でパスポートを持っている人は6人に1人。米国の保有率は約5割、韓国は約4割、台湾は約6割。先進国の中で、日本は最低水準なんです。
つまり、日本人の83%は、海外に行ってない側にいる。
僕も、ずっと83%の側でした。
「いつか海外行きたいな」と思ってはいた。SNSでバリ島の写真とか、ヨーロッパの街並みを見ては、いいなあって思ってた。でも、いざ行こうとすると、めんどくさい。パスポート取らなきゃいけない、航空券高い、英語できない、1人で行くの怖い。
言い訳の在庫だけは、たっぷりあったんです。
こういう「自分の頭の限界」については、別の記事でも書きました。気になる人は読んでみてください。
▼ 関連記事:4年間モヤモヤしてた27歳が気づいた、「自分の頭の限界」と頼り方の正体
結果、26年間、海外に1度も行ったことがない人間が出来上がりました。
友達がラオスにいた。それだけで一歩が踏み出せた
転機は、JICA派遣でラオスに行った友達でした。
派遣前から「いつか遊びに行くわ」って話はしていた。出発してからもLINEでやり取りを続けていて、ある日「じゃあ2月ごろ行くよ」って、自然と決まったんです。
知らない国に1人で行くのは怖い。でも、知り合いがいるなら話は別です。空港まで迎えに来てくれる、現地のことを知ってる、何かあったら助けてもらえる。初海外のハードルは、現地に味方が1人いるだけで、半分になるんです。
その友達から、面白い事実を教えてもらいました。
JICAが日本で初めて青年海外協力隊を派遣した国、それがラオスでした。
1965年12月24日、第1陣の5人がラオスに飛び立った。それから60年、累計1,000人以上の隊員がラオスで活動している。だからラオスの街には、日本の援助で作られた施設があちこちにあって、ラオス人はものすごく親日的なんです。
友達がいる。日本との縁が深い国。航空券もタイ経由で意外と安い。
気づいたら、パスポートを申請していました。

4泊5日、ビエンチャンの時間はゆっくり流れた
ビエンチャン国際空港に降り立った瞬間、最初に感じたのは「意外と暖かい。ちょうどいいな」でした。
2月の日本は寒い。でもラオスは乾季で、気温は28度くらい。湿度もそこまで高くなくて、半袖でちょうどいい暖かさ。冬の寒さから逃げてきた身体には、ご褒美のような気候でした。
そして街に出ると、もう一つ気づいたことがあります。
みんな、急いでいない。
道を歩く人、バイクに乗る人、カフェで座ってる人。誰も時間に追われていない。ゆったりとした時間が、街全体に流れていました。
観光は、基本的に友達に全部任せました。1日だけ、自分で適当に街を歩いた日もあったけど、ほとんどは「次ここ行こう」って友達が連れて行ってくれた場所を巡る感じ。これが楽でよかった。
4泊5日のうち1日だけ、自分で全部決めて動いた日がありました。

その日に行ったのが、「Lao Textile Museum」(ラオステキスタイル博物館)。事前に少し調べて、トゥクトゥク(三輪タクシー)を捕まえて、自力でたどり着きました。
市内中心部から少し離れた、緑に囲まれた敷地。ラオスの伝統的な木造の高床式の建物がいくつか立っていて、その中に展示室や工房が点在しています。

この敷地内にある「Boua Vanh Studio」では、ラオスの伝統楽器「ケーン」が飾られていたり、現地で作られた小物が販売されていたり。木造の建物の梁の感じや、屋根の作りが、日本の古民家と少し似ていて、なんだか落ち着く空間でした。
展示を一通り見終わったら、スタッフの方が、無料で現地のお茶を出してくれたんです。
言葉はほとんど通じない。でも、出してくれたお茶を飲みながら、椅子に座って、開け放たれた窓から差し込む光を眺めて、ぼーっとする。気づいたら、30分以上そこにいました。
もちろん、お茶を出してもらっただけで何も買わずに帰るのは申し訳ない。そう思って、現地の木で作られたコースターを1つ買って帰りました。これは今でも、家のテーブルの上に置いて使ってます。
1人で動いた日の、一番の思い出です。
それ以外の日は、友達が世界平和の鐘(World Peace Gong)などに連れて行ってくれました。なぜビエンチャンに「平和の鐘」があるのか。それは、次のセクションを読むと分かります。
言葉が通じなくても、なんとかなった
正直に言います。僕は英語、全然できません。中学英語レベル。「Hello」「Thank you」「How much?」が言えるくらい。
ラオス語に至っては、1単語も知らない。
「言葉が通じない国に1人で行って大丈夫なの?」って思いますよね。僕も思ってました。
結論から言うと、翻訳アプリと行動でなんとかなりました。
タイの空港で、いきなり乗り換えに苦戦した話
ラオスに行くには、タイのスワンナプーム空港で乗り換えが必要でした。
そこで早速、英語の壁にぶち当たります。次の搭乗ゲートが分からなくて、空港のインフォメーションで聞いてみたけど、係の人の英語が、聞いて理解できない。
でも、ここで止まったら詰む。だから僕は、適当に「OK、OK」って言って、周りの人についていきました。
結果、無事にラオス行きの飛行機に乗れた。
このとき気づいたんです。「分からなくても、なんとかなる」って。これは初海外で、最初に得た学びでした。
ホテルでコインランドリーを頼んだら、大事件だった
4泊もすると、洗濯物が溜まってくる。Amariホテルにコインランドリー(有料の洗濯サービス)があったので、フロントに電話してみました。
翻訳アプリで、日本語から英語に変換。その文章をそのまま読み上げる。すると相手から英語で返答があるけど、マジで何言ってるか1ミリも分からない。
沈黙が流れる。
相手も困ったのか、ゆっくり話してくれた。けど、それでも分からん。もうどうしようもないので、僕は何度か「OK、OK」って言って電話を切りました。
相手が何を言ったのかは、最後まで分かりませんでした。
その日、一旦外出して、夕方ホテルに戻ってきたら、玄関前にメモが置いてあった。「ここにかけてください」と英語で書いてある。指定された番号に電話してみるけど、結局やり取りは分からん。仕方ないので、もうフロントに直接行きました。
翻訳アプリで作った英語を、フロントの人に向けて読み上げる。すると、フロントの人が担当者に取り次いでくれた。部屋に戻ってしばらくしたら、担当者が洗濯物を取りに来てくれて、依頼完了。
後日、受け取りのときも、いつ来るのか分からない。またフロントに行く。担当者に連絡してもらって、10分ほど待ってたら、なんか「もう部屋に届けたよ」みたいな感じで戻ってきた。
部屋に戻ったら、洗濯済みの服が、きれいにかけてありました。
お土産屋で、クレジットカードの機械が2台とも壊れた話
もう一つ、印象的な出来事があります。
帰国前日、最後にお土産屋に寄りました。色々選んでレジに行ったら、現地のお金が足りないことに気づいた。
「クレジットカードで払えますか?」って聞いたら、店員さんが機械を出してくる。読み込ませる。動かない。
もう1台ある機械を試す。それも動かない。
店員さんは申し訳なさそうな顔をしていた。お互い言葉が通じない中、翻訳アプリ越しで「機械が壊れていて使えない」と分かりました。
結局、現金で買える分だけお土産を買って、買えなかった分は諦めました。
でもその後、ラオスの空港のお土産屋で残りを買えました。クレジットカード、普通に使えた。
こういうハプニングも、旅の醍醐味だなって思いました。
言葉が通じない不便を、現地の人の温かさが埋めてくれた
4泊5日で、言葉が通じなくて困った場面は何度もあった。レストランで注文するとき、トゥクトゥクで行き先を伝えるとき、お店で値段を確認するとき。
でも、不思議と「もう日本に帰りたい」とは1回も思わなかった。
なぜかというと、現地の人が、ものすごく温かく対応してくれたからです。
言葉が通じないとき、彼らは怒らない。急かさない。じっと待ってくれる。何とか伝えようとしてくれる。身振り手振りで助けてくれる。
言葉が通じない国でも、人の温かさは通じる。これが初海外で得た、一番の発見でした。
ラオスという国の、知らなかった一面
ビエンチャン観光で、絶対に行ってよかった場所があります。
COPE Visitor Centerです。

ここで、僕はラオスという国の、知らなかった歴史に触れました。
ラオスは、ベトナム戦争の時代、アメリカ軍によって大量の爆弾を投下された国です。9年間にわたって続いた爆撃は、世界の戦争史でも類を見ない規模だったと言われています。
ラオスは、ベトナム戦争の当事者ではありません。それなのに、北ベトナムへの補給路がラオス領内にあったから、という理由で爆撃されました。
そして問題は、その時に投下された爆弾のうち、相当な割合が不発弾として、いまもラオスの土に埋まっていることです。

戦争が終わってから50年経った今でも、農地や森に埋まっている不発弾が原因で、毎年多くの人が命を落としたり、手足を失ったりしている。COPEは、その被害者の支援活動をしている団体の展示施設です。
展示を見た僕は、ショックを受けました。
知らなかった事実が、目の前に並んでいる。観光ガイドブックには載っていない、この国の一面。
ラオスを旅する人には、絶対に訪れてほしい場所です。観光地として「映える」場所ではない。でも、この国を本当に理解するには、ここを通らないと分からないことがある。
そして、この施設には大事な仕組みがあります。入場料は無料。代わりに、施設内のギフトショップで商品を買うこと、それ自体が支援(寄付)になる仕組みなんです。売上のすべてが、不発弾被害者の治療・リハビリ・義肢装具の製作費用に充てられる。
僕は、マグカップを1つ買って帰りました。日本に持ち帰って、それでお茶を飲んでいます。
「私たちにできることは、何だろう?」
その答えは、人それぞれだと思います。僕にとっての答えは、「忘れないこと」「知ろうとすること」「そして、伝えること」。だから、この記事にも書いています。
ビエンチャンに、世界平和の鐘がある理由。COPEを訪れたあとなら、その意味が、少しだけ分かる気がしました。
ラオス料理、Amariホテル、夜のジントニック
シリアスな話が続いたので、ここからは旅で楽しかった話を。
初海外、初めてのラオス料理。口に合うものもあれば、苦手なものもありました。香草とハーブの使い方が独特で、「これは美味しい!」と「これはちょっと…」が、結構はっきり分かれた。これも初めての海外だからこその発見でした。

その中で、印象に残ってるのがラオスの郷土料理「シンダート」。アルミ製の鍋の真ん中で肉を焼いて、周りのスープで野菜を煮るスタイル。日本でいう焼肉と鍋のハイブリッドみたいな感じです。タレが独特で、これは美味かった。ちなみに僕はお酒があまり強くないので、ビールじゃなくてコーラと一緒に楽しみました。
ホテル選びに関しては、最初から贅沢することに決めていました。
「初海外なんだから、せっかくなら良いとこに泊まろう」と。

泊まったのが、Amari Vientiane Hotel。ビエンチャン中心部にある、1泊1万円超えのホテルです。
初海外でいきなり高級ホテル。これはこれで、僕なりの「踏み出し方」でした。
ちなみに僕は国内・海外ホテル格安予約のアゴダ
で予約しました。海外ホテルはアゴダの方が日本のサイトより安いことが多いので、海外旅行を検討してる人は一度比較してみるのもおすすめです。

部屋は広くて、ベッドはふかふか。アメニティも揃ってる。滞在の拠点だけは「絶対に安心できる場所」にしたかった。これは初海外の人にこそ、おすすめしたい考え方です。

そして夜は、ホテルのバーで一杯。Fever-Treeのトニックウォーターで作ったジントニックを頼んだら、これがまあまあ高かった。あとで調べたら、Fever-Treeって高級トニックウォーターのブランドだったんですね。どうりで、と納得したのは帰国後。窓の外には、ビエンチャンの夜景。
「あぁ、僕、海外にいるんだな」って、ようやく実感した瞬間でした。
帰国後、僕は変わらなかった。でも「また行きたい」と思った

4泊5日のラオス旅行を終えて、日本に帰ってきました。
正直に言うと、劇的に何かが変わった、ということはありませんでした。
「人生観が180度変わりました!」「価値観が大きく変わりました!」みたいなドラマチックなことは、起きなかった。
翌日には普通に日常が戻ってきて、いつもの自分が、いつもの場所で、いつもの生活をしていました。
でも、たった一つだけ、確実に変わったことがあります。
「また海外行きたいな」って、心から思うようになったこと。
これは、行く前の自分には、なかった感覚です。
行く前は、「いつか行きたい」だった。でも今は、「次はどこに行こう」になった。「いつか」が「次は」に変わった。たったそれだけのことだけど、これがとても大きい。
初海外を経験して気づいたのは、1度行ってしまえば、海外がぐっと近くなるということでした。
パスポートはもう持っている。航空券の取り方も分かった。空港での乗り換えも、なんとなく分かる。翻訳アプリで何とかなることも知った。現地の人が温かいことも、肌で感じた。
初めての1回が、すべてのハードルを下げてくれた。
たぶん、これが「行ってない側」と「行った側」の、一番大きな違いです。
6人に1人の側にいる、あなたへ
記事の最初で書いた、日本人のパスポート保有率約17%という数字。
もしあなたが、いま「行ってない側」にいるなら、それは何も悪いことじゃない。だって、日本人の83%がそっち側にいる。多数派です。
でも、もし「いつか海外行きたいな」と思ってるなら、その「いつか」を「次は」に変えるきっかけは、意外と小さい。
友達がいる国がある。気になる国がある。安く行ける航空券を見つけた。それだけで十分。
僕の場合は、友達がラオスにいた。それだけでした。
もし、あなたが踏み出せない理由が「英語ができない」「1人で怖い」「お金が」だとしたら。その全部、やってみたら何とかなります。少なくとも、僕はそうでした。
「楽しいかどうか」で人生の選択を決めてみる。それだけで、世界が動き始めます。
▼ 関連記事:「楽しいかどうか」で決めたら人生が動き出した話【27歳の判断基準】
1回踏み出すと、世界が広がる。
パスポートは、世界へのチケットです。持つだけで、世界が選択肢になる。
人生は、楽しんだもん勝ちです。次の「いつか」を、「次は」に変えてみませんか?
僕も、また海外行きます。



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